濹堤通信社綺談

江都の外れ、隅田川のほとりから。平易かつ簡明、写真入りにて時たま駄文を発行いたします。

立ち上がってそばを食え

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 立ち食いそばが好きだ。
 世間一般の人様に比べても、だいぶ立ち食いそばが好きだという自信だってある。だからなんだ、というのは全くもってその通り。
 しかし「何が好きなの」「どうして好きなの」と聞かれると途端に困る。立ち食いそばという食物が好きなのか、立ち食いそばを手繰るという行為が好きなのか。はたまたシチュエーションなのか、それとも立ち食いそばという文化が好きなのか。自分では判然としないけれどもとにかく、立ち食いそばが好きなのだ。
 
 立ち食いそばの魅力そのものについては、すでに先人が多くを伝えている。押井守の作品を見てもらってもいいし、柳家喬太郎の「時そば」のマクラを聞いてもらってもいい。
 だから僕は、極めて個人的な感情に基づいて立ち食いそばを語ることにする。止めるな。ある程度本気だ。

 なぜこんなに立ち食いそばが好きなのかと考えて、最近ふと思い当たった節が一つある。
 子供の頃の僕にとって、立ち食いそばというのは紛れもなく「大人の食い物」であり、立ち食いそば屋というのは「大人の空間」だった。強い憧れと、素朴な畏怖があった気がする。

 立ち食いそばというのは言うまでもなく、立って食うそばな訳である。店内のカウンターは大人の背丈に合わせて作ってある。子供はそもそも、立ち食いそばから物理的に排除されているのだ。
 小学生の頃、塾が終わると20時21時台の電車に乗って帰っていた。弁当を持たされる塾ではなかったので、腹を空かせて帰る。そんな中で駅のホームの立ち食いそば屋から立ち込めるダシの匂いが、どんなに蠱惑的だっただろうか。そばだのうどんだのを黙々と手繰る、背広姿の男たちの背中がどれだけ羨ましかったか。

 今から思えば食えばよかったのだろうとも思うけれど、当時の僕にとって1人で外食をするなどというのは思いもよらないことだった。ましてや立ち食いそばなんて、子供が入っていいとも思えなかった。ある程度まで、僕は妙にお行儀がよくシャイな子供だったのですね。

 こういう子供時代を過ごしたから、自由に使える金を持ち、1人で外で飯を食う機会が増えた今、つい立ち食いそば屋に入ってしまうのだと思う。
 世のお父様お母様方が、お子様をやたらと立ち食いそばを食いたがる人間にだけは育てたくないとお思いでしたら、さっさと子供に食わせて「こんなもんか」と思わせるべきだと思いますね。

 ところでじゃあ、僕にとって初めての立ち食いそばがいつどんな感じだったかと考えると、まるで覚えがない。中学に上がると、もう普通に駅のホームでそばを手繰っていた気がする。鉄道研究「部」などという冗談のような部活に入り、電車に乗ってあっちこっちと動き回るようになって、気が大きくなったのかもしれない。

我孫子駅ホーム上 弥生軒唐揚げそば

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 そんな中高時代と密接につながる立ち食いそばといえば、常磐線我孫子駅唐揚げそばである。別に中学高校が我孫子に近かったとか、そんなことは全く無いのだけれど、それでも我々はやたらと我孫子に行っていた。鉄道研究部とはそういうところだったのである。
 普通、唐揚げをそばに入れるという発想をするだろうか。我孫子ではする。普通ではない土地なのだ。河童音頭とか踊るしな。しかもこの唐揚げ、写真のとおり半端でなく大きい。ケンタッキーフライドチキンが裸足で逃げ出すレベルの大きさである。そして文句なしに、この唐揚げは美味いのである。
 そばについては味をどうこういう種類のものではない。僕はすでに、立ち食いそばの味などでガタガタ言うような男ではないのだ。

荒川区東日暮里のソーセージ天そば

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 立ち食いそばは、何も駅そばだけではない。路面店だってあるのだ。あるんだよ。
 ソーセージを天ぷらにしてそばに乗せるというのは、座って食うそば屋の文脈では正気の沙汰とも思えないが、立ち食いそば屋ではいたって常識的だ。むしろメニューの中では花形ですらある。
 このソーセージ天は実に「正しいソーセージ天」で、魚肉ソーセージの天ぷらである。しかも魚肉ソーセージを「こう」切っているのである。柳家喬太郎の「時そば」でおなじみ2代目のバルタン星人のごとく、ソーセージを長手方向に切っている訳だ。ネギも厚めに切られていて、実に雑な味わいがあって嬉しいことこの上ない。
 店内も狭く、そして乱雑で、ネギやニンジンの段ボールの上でソーセージ天そばを手繰ることができる。これだけの味わいがあって290円なのだから、もう何も言うことなど無い。最高だ。
 僕としてはめちゃくちゃに褒めているつもりだけれど、世間一般の方からしたらどうだかわからないので店名は明かさない。繊維街の入り口のところにありますよ。



 とまあ、ここまで立ち食いそばについて好き勝手語っておいて何なのだが、実は最初の写真は立ち食いそばではない。気づいたあなたは僕と同族なので、誇りを持って生きていい。一人じゃないのだ。
 最初の写真は富士そばでコロッケそばに生卵を入れたものだ。富士そばは今やほぼ全店舗で椅子を備えているので、立ち食いそばではない。
 Twitterで度々叫んでいるが、僕は富士そばも好きだ。いや、愛している。なので、富士そばについては別の機会に好き勝手語る。

 そう、この記事は続く。富士そばへの愛をありったけ叫び、駅のホームで食べる「西新井ラーメン」編、そして東京風の真っ黒い汁に沈んだウドン編などなどが予定されている。生きる楽しみにしていただければ幸いだ。