濹堤通信社綺談

江都の外れ、隅田川のほとりから。平易かつ簡明、写真入りにて時たま駄文を発行いたします。

富士そばで孤独を味わえ

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 富士そばへの愛を、語らなければならない。この間の記事で、高らかに宣言しちゃった手前もあるし。
 僕はしょっちょう、富士そばで飯を食う。少なく見積もっても、平均で週2回は行く。週に5回富士そばだったこともある。理由としては大学の近くとか、バイト先の近くとか、とにかく僕の動線上に店が多いのが1つ。パッと食ってサッと出れる、ファストフードであるのも1つだ。でもそれだけだったら他に候補はいくらでもある。マクドナルドでも、吉野家でも、日高屋でもいい。
 ではなぜ富士そばなのか、と考えてみれば、結局のところ僕は富士そばが好きなのだと思う。「愛している」という言葉は、何なのかよくわからないので、実は好きではない言葉だ。でも、今回はその曖昧さを込めて、あえて使うことにしよう。
 僕は、富士そばを、愛している。

 「富士そば」というものが何かわからない方に説明をすると、都内を中心に首都圏に展開するそば・うどんのチェーン店である。株式会社ダイタングループが運営し、正式には「名代富士そば」という。まどろっこしいし、普段使う名称でもないので、この記事中では「富士そば」で統一させてもらう。立ち食いそば屋だと思われることがあるが、実は殆どの店舗が椅子に座るタイプだというのは、以前ここで書いた。

 先に言ってしまうと、僕が富士そばを好きである理由は、食わせてくれるそばの味ではない。断言してもいい。富士そばのそばは、別に美味くない。

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 美味いそばを食べたければ、ゆで太郎に行けばいい。『挽きたて』『打ちたて』『茹でたて』にこだわるだけあって、そばの味は申し分ない。かき揚げそばを頼むと、かき揚げが別の皿に乗って出てきたりする。ネギも別皿。丼に浮かぶのはなんと三葉である。「富士そば小諸そばなんかと一緒にしないでもらいたい!!座ってそばを召し上がってもらうからには、それなりの盛りつけというものがあるだろう!!!恥を知りたまえ!!!!!」的な、もはや気高さすら感じさせてくれる盛り付けである。410円なんだけど。
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 小諸そばに行けば、かけそばにだって細やかな気づかいがある。冬になれば柚子が乗る。ネギも入れ放題だし。テーブルなりカウンターなりの上には、普通の七味の他に「ゆず七味」なんて物も備えてあって、これまたなんとも気が利いている。
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 そして小諸そばと言えば、小梅漬けの食べ放題である。これは強い。
 ちなみにそばとうどんで、汁がちがう。そばは関東風の真っ黒い汁、うどんは関西風の黄金色の汁だ。「そばをうどんの汁で!」なんていう注文にも応えてくれる。もはや小さなテーマパークである。イッツァスモールワールド。かけそば1杯260円なのに。小諸そばというのは、かけそばワンダーランドなわけですね。

 それに比べて富士そばのそばは、特徴に薄い。言ってしまえば、ボヤッとした味をしていると思う。そばを食うより、うどんを食った方が美味いと思いますからね。肉富士をうどんで頼め。
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 つゆや天ぷらの味も、店舗によってばらつきが大きいし。もっと安くそばを食わせる店はいくらでもあるので、取り立てて安いということもない。

 ではなぜ、僕はこれほどまでに富士そばに通い、「愛している」とまで言い切るのか。
 それはもう単純に、富士そばの雰囲気が最高なのである。

 昼時の富士そばは、ひたすらにスパルタンだ。
 背広姿の男たちが、黙々とそばやうどん、カレーライスやカツ丼を食べている。そこに客同士の会話は、ない。
 「暖かみ」「楽しい食事」「団欒」「和気藹々」などという言葉が、これほどまでに似つかわしくない外食空間は類を見ないだろう。この空間で発する必要のある言葉といえば、食券を出しながら店員に宣言する「そばで」「うどんで」のどちらかのみ。食い終わった食器を返し、返却口の店員に「ごっそさん」と言うあたりまでは認められるだろう。結果、店内に響くのは店員の声と、流れ続けるBGMの演歌だけだ。
 客の平均滞在時間は10分もないだろう。せわしない昼休み、人は、昼時の富士そばで1人になれる。富士そばで噛み締め、味わうのはそばでもうどんでもない。カレーライスでもカツ丼でもない。高貴にして純粋な孤独なのだ。
 なんという、スパルタンな空間か。だから僕は、昼時の富士そばに行くときは、最大限に敬意を払う。背広を着て、ネクタイを締めて、紅生姜天そばという名の孤独を手繰るのだ。
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 一方で、夜の富士そばというのも、これまた大変に愛すべき存在である。特に、終電が出たあとの富士そばがおすすめだ。
 北千住駅の終電は、25:02発の常磐線快速松戸行きだ。新宿や中央線沿線なんかで呑んだくれると、僕はこの電車にお世話になることがある。25時過ぎに北千住駅西口に降り立つと、酔いはそろそろ醒め始め、小腹が空いたりする。すると、目の前に明々と富士そばの明かりが灯っているのだ。そう、富士そばは24時間営業である。
 店内の音は、昼時と対して変わりはない。店員の声と、BGMの演歌が流れ続けている。客同士の会話も相変わらずない。相変わらず、富士そばは人を孤独にする。
 この孤独が、どことなく暖かく、そして優しいものに思えてくる時がある。富士そばの存在が、どうしようもなくありがたいのだ。飲んで騒いで、階段を登れば、今日も丼に、油が浮いていたりする。そして僕は深夜25時、紅生姜天そばを手繰るのだ。
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 逆に、この孤独がとてつもない寂寥さを際立てる時もある。1人というのは寂しい、そんな当たり前のことを富士そばが思い出させてくれる。客は1人、また1人と丼を返却口に返してく。ある者は徒歩で千住龍田町に、ある者は自転車で町屋6丁目に、そしてある者はタクシーで谷在家へ、それぞれの家路につく。紅生姜天そばを食べ終えた僕も、コートの襟を立てて孤独と共に帰宅の途につくのだ。
 これはつまり、エドワード・ホッパーの『ナイトホークス』の世界なのだ。
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 1940年台のニューヨーク、グリニッジ・アヴェニューのダイナーに行きたいと思ったら、終電が終わったあとの富士そばに行って、紅生姜天そばを手繰りなさい。410円で、あなたもナイトホークスになれるのだ。

紅生姜天そば/うどん(410円)

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 とまあここまで書いてきて、富士そばに馴染みのない方の脳内には同じ疑問が湧いていることと思う。
 「紅生姜天そばって、なに……?」と。
 まあ、読んで字のごとくである。紅生姜が天ぷらになって、そばの上に乗っている。それ以上でも、以下でもない。紅生姜天そばとは、紅生姜天そばに他ならない。
 生姜の細切れを梅酢に漬けて、それを玉ねぎの切れ端なんかと一緒にかき揚げにする。そしてそばに乗せる。冷静に考えれば、正気の沙汰ではない。関西では一般的だと言う話もあるが、じゃあ関西というところが正気の沙汰ではないのだろう。味の良し悪しは、個々人の好き嫌いによるだろうから「食ってくれ」としか言えない。正直、僕は富士そばにはもっと美味い食べ物もあると思う。肉富士をうどんで頼むとか。
 でも、僕は好きだ。好きなんだからもうどうしようもない。富士そばの生んだ最高傑作だと思う。天ぷらの揚がりが甘い店舗で、口の中に「ヌタッ」「ネチャッ」という感触が広がったときなどたまらなく愛らしくなる。まあそんなもん、食べ物としては美味くはないんだけど。
 大多数の店舗では、ちゃんと揚がっているので、安心して食べてください。もしどうしても「ヌタッ」「ネチャッ」が味わいたい人には、個人的にお教えします。
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カレーライス(440円)

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 富士そばという店は、極めて大衆的なそば屋の文脈上にある。そばがあり、うどんがあり、ラーメンがあり、カツ丼があり、そして当然カレーライスがある訳だ。
 カレーライスは、「カレーライスである」というそれ時点で、すでに嬉しい食べ物だ。富士そばのカレーライスは、スキー場のロッジとかで食べたら1200円くらいしそうな味がする。学食で食べたら、254円くらいの味でもある。つまるところ、極めて普通ということなのだが、味の良し悪し以前に嬉しさがあるんだから、もうそれでいいじゃないですか。優勝。優勝です。
 ちなみに富士そばは、多くの店舗が交通系電子マネーに対応している。電車賃を飯につぎ込めるのだ。だから僕はSuicaで支払いをして、440円のカレーを食べようとスプーンを取る度に、なけなしの電車賃だった10銭でライスカレーを食べる内田百閒を思い出してしまうのだ。

かつ丼(490円)

 富士そばのカツ丼については言及してる人がいっぱいいるだろうから、そっちを読むと良いよ。写真もなかったしね。
 正直に言えば、富士そばのカツ丼は僕の理想とするカツ丼ではない。僕の理想とするカツ丼については、またどっかで語ったりするかもしれない。気長に待っていただければ幸い。
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