濹堤通信社綺談

江都の外れ、隅田川のほとりから。平易かつ簡明、写真入りにて時たま駄文を発行いたします。

俺は焚き火をした。お前は?

f:id:miko_yann:20180127211735j:plain
 火を、燃やした。
 もっとちゃんと正確に何をしたのか言うならば、男5人で真冬の西丹沢の山奥に行って焚き火をしつつ酒を飲んだりした、ということである。

 かねてより、焚き火というものに対する憧れがあった。
 youtubeで焚き火が燃えているだけの動画を3時間見ていることもあったし、椎名誠の『あやしい探検隊北へ』などはそれこそ擦り切れるまで読んだ。
 「晩秋の山の中、揺れる焚き火の横でホーローのマグカップに注いだアイリッシュウィスキーなどを舐めつつ、オレンジに照らされた君の横顔を眺めていたのに気づかれて、気まずくなって見上げた空に満点の星が散りばめられているのに気づいたりしたい……」などと繰り返し焚き火に対する憧れの情景を明らかにしていたところ、「おーいいね!」と言ってきた男がいた。その名をのうやくんと言う。
 中高の同期であり、しょっちゅう会っては飲んだり歌ったり踊ったり二人で香港に行ったりした仲ではあるのだが、僕とこの男の組み合わせには「何も決まらない」という重大な欠点があるのであった。
 「焚き火したい」「おーいいね!」
 「計画を詰めよう」「詰めるぞ!」
 「これ決まんないぞ」「決めるぞ」
 「また決まんないぞ」「今度こそ決めるぞ」
 「また決まんないぞ」「決める」
 などと居酒屋、カラオケ、居酒屋、イングリッシュパブなどで幾度にも渡る(不毛な)会合が開かれ、ようやく計画らしいものができたのは、開催の二週間前という有り様であった。なお、決まったあともキャンプ場の予約が取れずに急遽別のキャンプ場に切り替えたなどもあったがそれはそれ。ともかく無事に開催の運びとなったのであった。

準備、あるいは終わりの始まり

 前日はもう遅くまで眠れず、当日は朝も早くから起き出して、待ちわびていた遠足に行く小学生のような有様であったのだけれど、まあ精神年齢は小学五年生とあまり違いはない。眠れなかった原因は荷造りの困難さのせいなのだ。まず、「荷造りをせねばならんな」と思っているうちに23時を過ぎていた。そこから九龍城の如く物が無秩序に積層している部屋から、やれチェコ軍のメスキットだ、やれキャプテンスタッグのガスストーブだといった「今まで買ったはいいが使う機会がなくほったらかされていた物」をここぞとばかりに探し出してきたらもう0時半である。部屋の片隅でホコリをかぶっていたメスキットや、今回のために百均で買ってきた果物ナイフ・キッチンバサミを始めとした調理道具、東急ハンズで買ったホーローっぽい見た目のプラスチック製マグカップ、そしてのうやくんという男のために買った「ちろり」など様々なものをキッチンで洗っていたら、さあもう1時な訳である。
f:id:miko_yann:20180213221607j:plain
 「これは荷造りせねばなるまい」とまたもや部屋から45Lのリュックサックを引っ張り出し、必要だと思われるもの全てを詰め込み、入らず、それでも詰め込み、ようやく形になったのは3時近くだったのだ。翌朝の寝過ごしがあまりも怖かったので、リビングのソファで寝たのだけれど、功を奏して必要以上に早起きすることができた。と言うより3時間しか寝れなかったのだが。

 憧れだった焚き火を前に完全にロマンティック浮かれモードだったので、個人的にお土産の定番にして鉄板だと固く信じている千駄木腰塚のコンビーフを買い、もう徹底的に非日常に浸ろうと思った挙句新宿駅からロマンスカーに乗って旅立ったのである。
f:id:miko_yann:20180127095429j:plain
 「ロマンスカーとは走る喫茶室である」という固定観念に捕らわれている人間なので車内販売で紅茶を頼み、腰塚のルーベルサンドと一緒に優雅に楽しんでいたら小田原に着くのは一瞬のこと。東京の東側に住む人間にとって、ロマンスカーに乗るというのはやっぱり一大事なのである。買い出し拠点に選んだ棒倒しの好きそうな駅は小田原の手前だったので戻った。
 買い出し~キャンプ場到着までの顛末は、のうやくんのブログでも読んでいただければ幸い。まあ大したことはしていない。
mounungyeuk.hatenadiary.jp

夜、あるいは狂宴

 雪の残る西丹沢の山奥のキャンプ場に着いて、もっぱら僕は火おこしをする任に着いた。なにしろ焚き火をする気満々で、衝動買い同然に焚き火台まで買ったのだから当然である。言い忘れていたが、今回のキャンプに大きく影響を与えているのが『ゆるキャン△』である。図ったかのように1月から放送開始したこのアニメの威力たるや凄まじく、1人のオタクに焚き火台まで買わせてしまうのだ。あと折りたたみ椅子も買った。
 『ゆるキャン△』の1話で、登場人物の志摩リンはいとも簡単に焚き火を行う。しっかり視聴してきたので、焚き付けには松ぼっくりが最適なことも知っている。さあ焚き火だ!
f:id:miko_yann:20180127172305j:plain
 ……と、思ったがこれがまあ見事に火がつかない。まず、松の木がないので松ぼっくりがない。周りを見渡すと杉の木がワサワサ茂っているので、杉の枯れ枝や杉の子などを集めてきたものの、雪のせいで湿っているのか薪に火が着くほどの火力をもたらしてくれないのである。「文化たきつけいる?」などと言っていた道民ちゃんの声が脳内を駆け巡る。志摩リンは異常に手際がいいのだ。そして焚き火にロマンティック浮かれモードなだけのオタクは異常に手際が悪い。当然のことであった。
 悪戦苦闘しつつ、なんとか薪と炭に火をつけることに成功した頃には、すっかり遠き山に日は落ちて星は空を散りばめんといった雰囲気なのだ。決め手になったのは段ボールだった。焚き火をするときには段ボールをバンバン燃やせ。
f:id:miko_yann:20180127184643j:plain
 「正気か???」と脳が訴えてくるような雪の残る真冬の山奥であっても、外で肉を焼くのは気分がいい。牛肉はやはり美味いのだ。そしてシイタケの傘の内側にマヨネーズを塗りたくり、醤油を垂らしながら焼いたのをあっちあっちと言いながら食べるのは最高に美味い。シイタケが嫌いだという人は、これが食べられないというだけでどれだけ損をしているか思い知るべきである。そして何よりキリンラガービールが美味い。のうやくん謹製の火鍋は鯛のアラがひたすら食いづらく、火鍋なんだか闇鍋なんだかよくわからないものに成り果てていた。
f:id:miko_yann:20180127201743j:plain
 そして念願の焚き火である。揺れる炎は二度として同じ姿をすることはなく、そしてただひたすらに暖かいのだ。肉に燃える蒸留酒に闇鍋にと、寒さと暗さと静けさに包まれた山の中で思い思いにはしゃいでいた男たちも、いつしか焚き火の周りに集まっては「焚き火、いいな……」「いい……」「素朴な信仰だよな……」「灰は残り火を求めるんだよな……」「ほんまええ買い物したわ……」などと優しい顔でホッコリするようになったのである。

 ところで僕は前日、リビングのソファで3時間しか寝ていない。それに酒に強い方でもないので、燃える火の酒のせいもあって「もう無理!!!!」と悲鳴を発する体を無視するわけにもいかず22時過ぎには寝ることにした。床暖房に灯油ストーブつきの「ハイアットと変わらない」コテージとはいえ、寒いものは寒い。というか尋常ではなく寒かった。マットレスを2重にして、足にはストールを巻きつけ、コートを着て首にはアフガンストールを巻き、頭にはソ連軍の帽章つきウシャンカを被って完全防備をして寝た。

朝、あるいは贅沢

 早寝もあって5時頃には目覚めた。一番の早起きクマさんかと思ったら、階下でスマホを叩いてシャンシャンしている男がいた。


 寒さに震えながら、外に出てコーヒーを淹れるためにお湯を沸かす。哀れにも外に出されていた飲みかけのビールや食べかけの卵の燻製など、全てのものは固く凍りつく山の朝だ。マイナス7度とかだったらしい。「そういえば」と思って空を見上げれば、やはり尋常ではなく星が綺麗に見えるのだった。「あれが北斗七星で、あれがカシオペアで……」と1人でやってはいたものの、寒いものは寒い。朝の5時半ではあるが、コーヒーにウィスキーを入れたのだった。
f:id:miko_yann:20180128062552j:plain
 誰も起きてこないので、たった1人、自分のためだけに焚き火をした。これはいい。もう理屈とかではない。いいものはいい、それだけだ。焚き火を眺め、お気に入りのホーロー(風)のマグカップでウィスキー入りのコーヒーを飲みながら1人でぼんやりする時間。これはもう本当に最高だった。基本的人権として改憲案に明記されるべきだろう。2抱えも買った薪が残り2本に減っていて何事かと思ったが。
f:id:miko_yann:20180128072331j:plain
 普段は「マシュマロほどつまらねえ食いもんはねぇぜ」と粋がっている僕でさえ、焚き火を前にしたら優しい気持ちでマシュマロを炙ってしまう。外はカリッと、そして中はトロっとしていて大変に美味い。ひたすらに甘くはあるが、ウィスキー入りのコーヒーもあるのだから。
 段々と男どもが起きてきたので、人間らしい食べ物も作った。千駄木腰塚のコンビーフ入り目玉焼き。若干焦げたけど、「外ごはんは3倍美味しい」と『ゆるキャン△』でも言っていたので大丈夫。一晩寝かせた火鍋はさらに様々な物がぶち込まれ、もはや完全に闇鍋になっていた。
f:id:miko_yann:20180128083532j:plain
 一晩お世話になった焚き火の跡は、そこだけ完全に雪が溶けて地面が見えていた。長い時間、同じ場所で火を焚いた跡が遺跡になるのも納得である。気づけば服も髪も、全てに焚き火の匂いが染み付いていた。
 手際の悪い男たちにチェックアウト時間を1時間早く伝えて片付けを急かし、山を降りて温泉に使って帰ったところは再びのうやくんのブログでもご参照いただければ幸いである。

教訓、あるいは気づき

 とまあ、憧れだった焚き火とキャンプをした訳だが、幾つかの教訓めいたものを得ることができた。今後の焚き火にはこれをぜひ活かしていきたいので、列挙しておく。
 ・焚き火はいい
 ・焚き付けにはとにかく段ボールを燃やせ
 ・キャンプでは持っていって損する物はない
 ・焚き火はいい
 ・焚き火は人を優しくする
 ・焚き火はいい
 ・火鍋は闇鍋になる
 ・インスタントラーメンを買え
 ・焚き火は、いい
 ・焚き火は、本当に、いい
 また焚き火をするのであれば、万難を排してぜひとも行きたい。できればもう少し寒くないと申し分ないが、でも寒かろうが焚き火はいい。本当に焚き火はいいのだ。