濹堤通信社綺談

東都の外れ、隅田川のほとりから。平易かつ簡明、写真入りにて時たま駄文を発行いたします。

脳みそで飯を食うのだ

 またしても、で恐縮ではあるところだけど、今回も飯の話だ。
 正直なところ、まあ食い意地の張っている方だとは思ってはいたけれど、ここまでとは思わなかった。四六時中、飯のことばかり考えている気がする。いかに自分の原動力が食欲であることかを実感している5月である。

 あいかわらず、自分の飯には飽きている。一度や二度、近所の中華料理屋でラードとハイミーの利いた味付けの料理を食べたところで味覚の方はどうしようもない。「惣菜を買ったりレトルト品で楽をすればいいじゃない」と思う向きもあるかもしれない。一人暮らしだったら、それでいいだろう。実際、そうしている人は沢山いる。僕も多分そうする。
 ところで我が家は、男3人暮らしなのだ。
 3人の男が十分に食べる量というのがどれほどのものか、身にしみて理解している。それだけの量の惣菜を買ったら……考えるだけでも恐ろしい。いくらになるんだ?お気づきかもしれないが、僕はけっこう貧乏性なのだ。出費は3人で割るとはいえ、日々の数千円の買い物でも結構ビクビクとしている。それを惣菜にしたらと思うと、中々に怖い。大体のものは作れてしまうので、作ったほうが安い。しかも、たぶん美味しい。じゃあ、作ればいいんじゃない?作るか。こうしてまた、僕は自分の飯に飽きていく。

 自分の味に飽きているだけでなく、最近少し料理そのものにも飽き始めている。1ヶ月以上連続して寮母さんのごとく飯を作っていた結果、調理の手際がめちゃくちゃ良くなってしまった。自炊を始めた去年の夏と比べても、それどころか4月の頭と比べても手際が良くなっている。一汁三菜の献立だとしたら、一から作ったとしても1時間かからない。がんばれば30分。動作が最適化されていく喜びや楽しみというものがかつてはあったが、今となってはなんとなく手応えがない。僕は日々湧き上がる創作意欲を料理で発散している節があったのだが、それが失われてしまったような感じがする。

 自分の味に飽き、そして調理手順にも飽きてきた人間がどうなるか。まず、やたらと凝ったものを作りだす。調理に手応えを求めるのだ。俺より強い奴に会いに行く。
 GWの最終日、僕はパエリアを作った。単純に自分が食べたかったので「……作るか」となったのだが、調理に手応えを求めるようになっているから「お手軽」とか「カンタンなのに美味しい」などと謳うレシピには目もくれない。「本格的」とか「スペインの味」などというレシピを検索する。いつもの大手スーパーならクレジットカードのポイントが3倍になるが、それを無視しても少しいいスーパーに行く。当然ながらシーズニングミックスなどは買わず、迷わずサフランをカゴに入れる。サフランなんてパエリアとサフランライス以外で何に使うのだろうか。魚介のコーナーに行っても、むきえびではなく尾頭つきのエビを探す。頭がついていないと意味がないのだ。

 調理にあたっても、手応えが必要だ。ということで寮母さんから炎の料理人に変わりつつあった僕は、さらにキッチンドランカーへとランクアップする。酒を飲みながら料理という戦いをくぐり抜けていく……そう、酔拳だ。ジャッキー・チェンを見たことがないのか?褒められた行為ではないと思うが、まあ休日だし神も許してくれるだろう。特に信仰している神はないが。
 頭付きのエビを買ったのは、事前に調べた「本格」レシピに「エビを取り出す際に、頭を潰してミソをスープに溶かす」とあったからだ。実に美味そうじゃないか。ところでこの、潰した頭はどうすればいい?調理者特権ということで、潰れたエビの頭をバリバリと食う。そしてビールを煽るのだ。酒には弱いほうなので、ビール1本でもう真っ赤だ。これくらいのハンデがないと、手応えがないじゃないか。もはや料理ジャンキーである。

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 こうしてパエリアが出来上がる。調味料は塩しか入れていないのに、ダシがしっかりと出ているので大変に美味い。いや、当然に美味い。しかしまあ、自炊を始めて8ヶ月でこんな物を作るのだから中々「極まって」きた感じがする。どうしてこんなことになったんだか。

 こんなことを続けていると当然疲れてくるわけで、逆のこともしたくなる。雑に飯を食うのだ。ただ、雑な飯を雑に食ってしまったのでは味気ないどころの話ではない。そんなことをしていたら人間が腐る。ということで、雑な飯を丁寧に食うのだ。
 丁寧に飯を食うというのは、テーブルマナーを守ってナイフとフォークでというのではない。頭をフル回転させる。イメージの中に自分を置く。舌で食べるのではなく、大脳で食べる。そう、大脳食だ。
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 チリコンカンにガーリックトースト。オーバー・イージーの目玉焼きにスパムが一切れ。全部自分で作っているので決して雑な飯というわけではないが、そこは目をつぶっていただくとして。
 
 じゃあ、頭を使うんだ。これは、家庭料理じゃない。アメリカの中部、ネブラスカあたりの田舎町のダイナーで出てきたものだ。埃っぽい駐車場には地元の水道業者の店名が書かれたフォードのピックアップやら、オレゴン州のナンバーが付いた大型トレーラーなんかが無造作に停められている。店に入れば、客は左の腕だけ日焼けした男たちが一斉にこちらを睨んでくる。
 ……俺は、殺し屋だ。フランス出身の。ひょんなことから、こんな田舎町で仕事をするはめになっている。当然、こんな飯に我慢できるはずもない。フランスパンはまがい物で、塩とイースト以外に何が入っているんだか考えたくもない。いつ作ったんだかわからないチリ。卵だけは本物らしいが、焼き加減がめちゃめちゃ。おまけにスパム!スパム!スパム!スパム!こいつはどこに行ってもありやがる。そこらじゅうで豚を飼っているのを見るのに、こんなピンク色の塊にしてしまうのは正気とも思えない。ステンレスのカップで出てきたことだけでもう許せないコーヒーは、ただ単に「コーヒー」という名前を名乗っている黒くて苦い水。きっとマルボロの吸い殻でも煮出しているに違いない。
きっと、とんでもない顔をしていたんだろう。目があったウェイトレスが小馬鹿にしたような顔をして「文句があるんなら、国に帰ったら。ムッシュー?」とからかってくる。こんな出会いだったが、この娘がひょんなことから相棒になるのだ……

 などと考えながら飯を食う。エンターテイメントを創造する。想像かもしれない。楽しくはあるのだが、一歩間違えれば危ない人なのは間違いない。それでもまた、せめてもの彩りとして僕は脳で飯を食うのだ。

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 「あれ?また来たんだ、ムッシュー。あいにく料理はこれだけだけどね」

以下、お料理

フキ

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 フキを煮た。
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 それも茹でて、皮を剥いて。自炊を始めて8ヶ月の独身男性がフキを剥いても罪に問われないだろうか。どうだろう、割と怪しいところじゃないだろうか。独身男性の「自炊」といえばカレー、チャーハン、パスタが黄金の三角地帯である。そこでフキとがんもの煮付けやら、鰆の塩焼きやら、塩もみきゅうりの酢の物なんて作っていていいのだろうか。
 言うまでもなく、これは「手応えのある調理」を求めた流れだ。

鶏むね肉を叩いて伸ばしてパン粉つけて揚げ焼きにしたやつ

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 料理の名前が長くて恐縮だが、これは美味い。めちゃめちゃにうまい。100グラム58円のむね肉とは思えない。某競馬場の名物にこれと似たようなものがあるが、それより間違いなく美味い。
 調理方法はもう名前の通りで、鶏むね肉を叩いて伸ばす。相変わらず酒瓶で叩いた。それに塩こしょうを振って、小麦粉を薄くまぶす。溶き卵にくぐらせたらパン粉をつけて油へ。いい感じの色になったら出来上がりだ。これは本当に美味しいのでぜひお試しあれ、というやつである。
 いうまでもなく、これも「手応えのある調理」を求めた流れだ。

オムライス

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 あなたは、オムライスを作ったことはあるだろうか。ないのならば、作ってみてほしい。あるのならわかるだろう。オムライスというのは、ハチャメチャに面倒くさい料理だ。おそらく家庭料理の中ではトップクラスに。
 それを3つも作るのだから、随分と手際がよくなったと思う。卵で包むのも上手くなったものだ。これでモテる。そう信じる。