濹堤通信社綺談

東都の外れ、隅田川のほとりから。平易かつ簡明、写真入りにて時たま駄文を発行いたします。

果物を食べる

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 果物を食べるというのは、まあ贅沢な行為だと思う。
 端的に言えば、値段が高い。経験上、果物の味というのは間違いなく値段に対して正比例する。高ければ高いほど美味いのだ。嘘だと思うんなら、スーパーに行ってバナナ売り場に行ってみればいい。そこにはいろいろな値段のバナナがある。1房100円未満のものから、その3倍以上もするものもあるはずだから、両方買って食べ比べをしてみるのだ。個人の好き嫌いというものは僕の知ったことではないが、少なくとも客観的な味というものはずいぶん違うはずだ。もし違いを感じないというのなら、それはあなたの舌が馬鹿だというだけの悲しい話だ。
 もっとも「経験上」と断ったのは、僕は別に石油王やお大尽の類いではないのでそこまで高価な果物は食べたことはない。銀座千疋屋の店先で木箱に入って売られているマスクメロンだとか、六本木のラウンジで太ももを露わにしたお姉ちゃんが隣りに座って薄い水割りなんかを作ってくれるお店で出てくるフルーツ盛り合わせなんていうのが目の玉が飛び出るような値段だというのは知っている。後者については知識として知っているだけで、そういうお店に行ったことがあるわけではない。「果物は高ければ高いほど美味い」という僕の理論が正しければ、そういう果物はそれはもう美味しいはずだ。美味しいから高いのではなく、高いから美味しいという話な気もする。ぜひ一度確かめてみたいところではある。できれば、僕の財布が傷まないような方法で。石油王やお大尽のお友達を、僕はいつでも歓迎している。

 それに、果物を食べなくたって死ぬということはない。言ってしまえば嗜好品なのだ。果物がない生活よりもある生活のほうがいい、というのは確かだけれど、それはあくまで生活における彩りの話だ。と、僕は思う。
 僕は貧乏性なので、どうせ彩りにお金をかけるのだったら、いいトマトを買いたい。なんせ、僕はわりと野菜を食べないと死ぬ方なのだ。
 世の中には、野菜を自発的にに食べない人間というのがわりと存在するらしい。なんとなく情報として知ってはいたけれど、そういうタイプの同居人たちを目にして初めて実感することになった。
 ビジネスホテルに泊まると、朝食バイキングというのがある。朝の7時位にフロントの脇のレストランに行くと、歯ごたえのあまりないタイプのソーセージや、やたらと脂ぎってピンク色のきついベーコンらしき何か、どこでこんなものが泳いでいるんだというような小さな小さな塩鮭の切り身なんかが保温されたプレートの上で我々を待っている。1升炊きの炊飯器で炊かれたご飯は妙にベチャッとグッチョリしてたりする。味噌汁の具は乾燥わかめと油揚げで、だいたい脇にネギが別に置かれている。そういうあれだ。
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 その朝食バイキングに行くと、僕はもう皿に山盛りに生野菜を食べる。ドレッシングはだいたいかけない。ただひたすらにモサモサとキャベツやレタスの切れ端を食っていると、自分の前世が草食動物だったのではないかと思えてくる。隣のおじさんが呆れた顔で僕を見ていたことがあったが、思えば彼は野菜を自発的に食べないタイプの人間ではなかったか。皿にはソーセージが山盛りだった気がするし。まあ、バイキングというのは好きなものを好きなだけ食べられるというのが魅力だ。おじさんは山盛りのソーセージにケチャップをかけ、僕はそこで無味の野菜をしこたま食べるわけだ。

 果物に話を戻すが、そんなわけで貧乏性の僕が高級嗜好品の果物を食べるのはどんな時か。そう、それは貰った時に他ならない。
 我が実家には、果物を送ってくれる知人がいる。実家の母も果物を頻繁に買うような人間ではないので、果物を食べるチャンスというのはここに限られてくるわけだ。
 8月になると、実家に桃が届く時期になる。それも、福島と長野から別の種類の桃が届くのだ。桃なんて買ったら1個500円はする超高級品なので、届いたという連絡があるや否や僕はエコバッグ持参でいそいそと貰いに帰ったのである。
 福島の桃と長野の桃は、品種が違う。まずやってくるのが、福島の桃。これは「あかつき」という品種で、硬く、爽やかな桃だ。うちの母は「果物は硬ければ硬いほうがいい」という派閥の人で、柿なんかは柔らかくなったものは絶対に食べない。そんな母のお口に召したのがこの「あかつき」で、一般的な白桃とは違うザクザクとした歯ざわりが実に心地良い。実のところここ数年の福島からやってくる桃は当たりがなかったのだが、今年は硬さといい甘さといい文句なしだった。これが終わると、今度は長野から桃が来る。こいつは一般的な白桃で、ひたすらに甘く、ひたすらにみずみずしい。やはり食べ物を送ってくれる交友関係を大切にしよう、と決意を新たにさせるそんな桃なのだ。

 ちなみになのだが、我が同居人たちは自分で皮を剥く果物は食べない。買ってキッチンに置いておいたバナナだって食べないのだから、そういう主義なのだと思う。どんなものであれ、自分の主義を貫くのは立派なので何も口を出さずにいる。そのおかげで、実家から貰ってきた桃は、なんと全てが僕の腹に収まることになった。
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 冷蔵庫の野菜室に、梨が冷えている。茨城県産の「豊水」で、これも甘さ歯ごたえみずみずしさのバランスが素晴らしいやつだ。「幸水」よりも僕は好きだ。当然ながら同居人に食われることはないので、当分は安心していられるだろう。