濹堤通信社綺談

江都の外れ、隅田川のほとりから。平易かつ簡明、写真入りにて時たま駄文を発行いたします。

カレーをスパイスから作る男になっていた

 絶対につきあってはいけない男の「3C」というのがあるそうだ。
 いわく、カメラマン、クリエイター、そして「カレーをスパイスから作る男」。
 僕はといえば、最近はカメラを持ち歩くこともすっかりなくなった。別に元から大したカメラを使っているわけではないけれど、もうこの数年はどこかに行くとなってもスマホのカメラで用を足してしまう。
 創作活動を生業にしているわけではないので、断じてクリエイターではない。何かを作ること自体は嫌いではないほうだと自分では思っているけれど、いかんせん「作り上げる」根性がない。凝り性な上にプライドが高いから、あれこれ考えているだけで終わってしまうことが珍しくない。しかもその過程で満足してしまったりするのだから、まあ世話はない。
 ということで、極めて善良な成人男性たる僕になぜ彼女がいないのか。考えられる可能性としては一つ……

 そう、僕はカレーをスパイスから作る。

 言い訳をすれば、常にカレーをスパイスから作るわけではない。
 ハウスジャワカレーの辛口だって使うし、安くなっていればエスビーのゴールデンカレー中辛だって使う。レトルトカレーだって大いに食べる。
 しかし、それでも、たまに、ごくまれに。だいたい1年に多くても2回くらい。カレーをスパイスから作ってしまうことがあるのだ。
 「どうしても!このカレーが!食べたい!」と体が求めてくる時がある。食べたいときが美味いとき。こうなっては作らないわけにいかないだろう。

 僕はこのカレーを、「必殺のチキン・カレー」と呼んでいる。

 カレーをスパイスから作る男と、なぜ付き合ってはいけないのかと考えてみると、「カレーをスパイスから作るなんて面倒臭さいことをやるなんて絶対に面倒くさい。その上変なこだわりを持っていそうで死ぬほど面倒くさい。だから絶対に付き合うべきではない。もはや自明。証明終わり。」ということのような気がする。

 では僕の必殺のチキン・カレーが面倒くさいものなのかというと……
 面倒くさい。いやもう本当に面倒くさい。揃えなければいけないものは多いし、調理にめちゃくちゃ手間がかかる。前日の仕込みに始まり、キッチンに立つ時間だってどうしたってたっぷり半日はかかる。
 それでもまあ、揃えるのが手間なスパイス類さえ揃ってしまえば他の材料はごく普通のスーパーで買えるものばかりだ。そのスパイスだって、別にアメ横や西葛西といったところのエスニック商店に行かなければ買えないというものはない。(大量に、キロ単位なんかで買うのであれば別だけど)

 ところでスパイスからカレーを作るなんて面倒なことをしているくせに、僕は根本的に面倒くさがりである。
 料理をすることは嫌いではないが、それは美味いものを食べるための手段だからでしかない。
 手段が目的化したのなら、僕はそれを「趣味」とか「道楽」と呼ぶことにしているけれど、その点において僕にとっての料理は道楽ではない。
 そんなわけで、このカレーを作る手順がずいぶん最適化されてきた。手を抜くべきところは大いに抜き、省略して構わないものは入れなくたっていい。
 カレーは足し算の食い物だ。何か一つの要素がなくたって他がそれを補うし、何かを入れれば入れただけそれは「味の深み」と言い張ることができる。

 というわけで、本日はこの「必殺のチキン・カレー」のレシピをご開帳いたしたく思う。
 環境や生活のリズムが変わり、気分がどうにもヘラってきた時に決まって食べたくなる、心をシャキッとさせてくれるカレーだ。
 大変申し訳無いが各種材料の分量についてはすこぶる適当であるので、完全再現が不可能な点についてはご容赦願いたい。そんなこと、作っている僕にだって、できたことはない。カレーは生き物なのだ。

前日

 もう早速の謝罪で本当に悪いのだが、このカレー作りは食べる前日の夜から始まる。
 「日曜の午前中に買い物に行って、帰ってきたら作り始めて、できたら一緒に食べようね」などという、土曜の夜からしっぽりしけこんで、日曜の10時くらいにまだベッドの中でもぞもぞしているようなカップル向きのレシピでは断じてない。
 作る前日には、ちゃんと買い物をしておけ。わかったか。

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 さあ、鶏の手羽元である。
 基本的に必殺のチキン・カレー、固形を保った具は鶏肉だけになってしまう。もも肉だって別にいいけれど、骨からダシが出るのを期待して僕はいつも手羽元を使う。余裕があればダシ用に手羽先を入れてもいいけれど、その場合は油の量を調節しないとひどい目に合う。
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 塩、チリパウダーとガラムマサラで揉み込む。この段階でスパイスは別になくても良いのだけれど、とにかく大量のスパイスが余っていたので投入した。
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 ジップロック手羽元とプレーンのヨーグルトを入れ、軽く揉んでおく。これを冷蔵庫に収めたら、前日の準備は完了だ。

つぎのひ

 さあ、翌日。ここからが面倒くさい。本当に面倒くさい。逆に言えばここだけが面倒くさいのだけれど、それがもうとにかく面倒くさい。
 業務スーパーに行けば、すでに炒められた玉ねぎが売っているのは知っている。けれど、なんとなくまだ使う気になれない。量も多いし。
 となったら、大量の玉ねぎを、茶色くなるまで炒めなきゃなんない。固形ルウの偉大さを感じる作業になりますよ。

 一応分量らしいものを言っておくと、大きめの玉ねぎ1個で2皿ぶんくらいになる。作る量によって変わってくるわけだけど、僕が作る際はだいたい4~6皿ぶんくらい。
 3個4個の玉ねぎを、焦がさないように弱火でじっくり炒める。

 ……ああ、面倒くさい。これがとにかく面倒くさい。何度でも言うが面倒くさい。2時間ちょっとはガス台の前に立ち、ヘラでかき回し続けるのだ。強火にすればいいというものでは断じてないのが面倒くさい。
 だが、片手では収まらない回数作っているうちに、段々と楽をするためのポイントが掴めてきた。

玉ねぎを炒める

 玉ねぎをみじん切りにするのはフードプロセッサがあれば何の苦もないのだが、あいにく今の僕は持っていない。
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 だが、スライサーならある。なぜか2セットある。これでシャカシャカ摺りおろしてしまえばいいのだ。
 炒めた玉ねぎが茶色くなるのは、要は水分が無くなるかららしい。だったら、最初から玉ねぎの水分を切ってしまえばいい。
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 玉ねぎを電子レンジにかけて、ふきんで絞ってしまう。食わせた友人に「栄養とか大丈夫なの?」と聞かれたが、こんなカレーから栄養を摂らなければいけない時点で食生活の見直しを考えた方がいい。
 旨味が気になるのであれば、絞った玉ねぎジュースを炒め終わった後で鍋に入れればいい。後から煮詰めるのは簡単だ。

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 100CCのサラダ油を鍋にかけ、クミンシードを好きなだけ入れる。クミンシードが爆ぜて香りが出てきたら……
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 どかっとバターを入れて溶かす。もうドン引きしている方もいるかもしれないが、カレーというのは塩とスパイスで味の付いた油なのだ。手羽先を使う人は、ここでサラダ油やバターを減らすと後でくどくなくなる。
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 そうしたら、玉ねぎを炒める。すりおろしたにんにくと生姜も。別にチューブのもので構わないと思う。
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 弱火で、焦らず。時折ヘラでかき回す。こうなるまで何もしないと2時間はかかるのだが、今回は40分位だったかと思う。まあ、それでも十分面倒くさいのだけれど。

ルーができる

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 肝心のスパイスだけれど、上から時計回りにカイエンヌペッパー(別に一味唐辛子でもいい)、チリパウダー(すでにカイエンヌペッパーが入ったミックススパイスなので、辛くしたくないのであればカイエンヌペッパーを少なめにしてもいい)、ターメリック(今回は在庫がこれしかなかったのでエスビーのカレー粉も足した)、コリアンダーパウダー(けっこう大量に入れる)を用意した。まあ、あったから入れたものもあるし、無いので適当に済ませたものもある。
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 これを鍋に入れるとこうなる。……ルーじゃん!ルーだわこれ!ここでテンションが上がるのか、「買ってくればいいものになぜこんな手間を……」と思ってしまうかは分かれ道だが、どうせ後戻りはできないのでぶち上がっていただくしかない。

煮る

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 前日から冷蔵庫に鎮座ましましておられたヨーグルトまみれの鶏肉をここで投入する。余すところなくヨーグルトもぶち込む。味にまろみが出るし、水分の足しにもなるし、何よりもったいない。
 中火くらいでまたもやじっくり鶏肉を炒め、火が通ったらトマト缶を入れる。さらに僕は鶏ガラスープの素も入れる。煮込みつつ水分を調節していくのだが……
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 大変申し訳無いがこうなっていたので、写真がない。まあ、もうここまでくればキッチンドランカーになるだけの余裕が出るということだ。

付け合せも作っちゃう

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 煮ている間に、キャロットラペまで作る。こいつがカレーに合うのだ。
 どうせクミンがあるだろうからブリブリに入れてしまうといい。カンタン酢があれば、味付けはだいたいそれとオリーブオイルで済んでしまう。僕はハチミツを足すけど。

必殺のチキン・カレー

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 鍋の中がだいぶカレーに近くなってきたかと思うが、実は大事なものが入っていない。ガラムマサラだ。このスパイスは煮上がりに入れる。大さじにして1~3、まあ小皿に山盛りくらいのガラムマサラをどさっと入れると一気にカレーになる。
 わあ、カレー。ようやく。やっと。満を持して。こうして必殺のチキン・カレーが出来上がる。
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 カレーがなぜ今日にいたるまで日本の人々の心を捉えたのか、「米をモリモリ食べることができる」というのはその答えに極めて近いと思う。
 家でカレーを作った日は、どれだけご飯を食べたっていい。それがこの世の真理だ。
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 必殺のチキン・カレーには、サフランライスが一番合う。といっても気分だけのような気もするので、別に白い飯だって何も構わない。丸々24時間もかけたのだから、これで美味くなければ嘘だろう。

ちなみに

 この必殺のチキン・カレーだが、元になったレシピがきちんと存在はしている。
www.kyounoryouri.jp
 当たり前ながらきちんと分量も記載されているので、もしも「俺も必殺のチキン・カレーを作る面倒な人間になる!」と息巻いている方はこちらを参考されたほうが絶対にいい。
 
 とはいえ、カレーは足し算。カレーは生き物。好きなようにスパイスから作っていいのだ。そうして婚期を逃し続けような。