濹堤通信社綺談

江都の外れ、隅田川のほとりから。平易かつ簡明、写真入りにて時たま駄文を発行いたします。

痔瘻の手術をいたしました(3) 痛み・出血・傷の処置

痔の痛みに唸っているとき、手術をしようかどうしようか悩んでいるとき、そして実際に入院が決まったあと。
僕は、ネット上に存在する痔の先輩たちの体験談を読みふけっておりました。
同じ痔瘻、しかも読んでいるうちに同じ病院に入院していた人だとわかったやつなんか、筋書きを空で言えるくらい読み込みました。
だってさあ、怖いじゃない
お尻の穴切られるんだから……

僕も、痔瘻の手術で入院する誰かのほんの少しの助けになればと思ってブログを書いているのですが……いやあ、中々更新せずに申し訳ございません。
というのも、最近もうすっかり具合がよくってですね。
数ヶ月前はお尻に膿が溜まって痛みに苦しみ、数週間前は排便後のウォシュレットで絶叫していたなんて嘘みたい。
術後7週間が経ちまして、創部がかなり盛り上がってきたのを感じています。まあ、毎日座薬入れたり軟膏塗ったりは続いているわけですが。

こうしてお尻にストレスのない状態を過ごしていると、段々と自分が痔の患者であったことを忘れてくる訳です。
そういうことで、どうもブログの更新が途絶えておりました。
鉄は熱いうちに打てと申しますけれども、尻が痛いうちに痔のブログを書けということですよ。

これまでのあらすじ

お尻の穴の横にバイパストンネルが開通し、そこに膿がたまる。
世にも恐ろしい肛門周囲膿瘍という状態でアナルホスピタルを訪れたところ、あれよあれよという間に一泊入院。お尻にメスを入れられてしまう。
私の肛門に指を入れたドクターが「痔瘻です。触ればわかります」と無情な宣告。ここで私は一大決心、ついに手術を決断したのでありました。
大腸内視鏡から肛門エコー。麻酔のもとに夢うつつ。あっというまに手術の時間がやってまいりまして……
腰椎麻酔に電気メス。ストレッチャーは病棟を行く。痛み止めが切れるとやってくる、ズンドンズンドンという尻の痛み……!

今回は手術の翌日から。術後の入院編でございます。
mikoyann.hatenablog.com
mikoyann.hatenablog.com

痔瘻根治手術(単純) ⅡLs


翌日、ドクターから手術の説明を改めて受けました。
しかし、痔瘻"根治"手術って字面で見ると頼もしいというか、なんとも凄みがありますね。
お尻に膿のトンネルができる痔瘻にも色々種類がありますが、僕の場合は「ⅡLs」。
トンネルが肛門括約筋の中を通っているものの、その中では浅め。トンネルの位置もお尻の穴に近い。そしてトンネルは枝分かれせずに単純ストレート。
なんかラーメン屋のオーダーみたいですね。こってり、細麺、ニンニク入り。定食のライス普通に変更。*1

そして、手術はLayOpen法で行われました。
つまりお尻を切って膿のトンネルの天井を取っ払い、そこが塞がらないように糸で縫って広げてある。
……アナル拡張じゃん。

僕の痔瘻は体の前側にあったので、そういうのは「くり抜き法」……筋肉を切らず膿のトンネルだけをくり抜くタイプの手術になると予想していました。*2
まあ、筋肉を切っても問題ないくらい痔瘻が浅かったということでしょう。
傷の状態から、当初の予定通り術後6日の入院となりました。

痛み、出血、傷の処置(セルフ)

痔の手術を受けたあと、一番大変と言ってもいいのがこれ。ある意味メインイベントです。

痛みについてなのですが、正直なところあまり苦ではなかったのですよ。
まあ、これはロキソニンがしっかり仕事をしていてくれたおかげだというのを、退院後に思い知るわけですが。

入院中、毎日色々な状態を申告するのですが、その中に11段階で痛みを評価するスケールがありました。0が痛くない、10が死ぬほど痛い。
僕の場合、術後翌日だけ「2」、そのあとはずっと「1」「ほぼ0ですね」と答えていました。

同室の患者さんたちと特にコミュニケーションを取る機会は無かったのですが、問診の際に漏れ聞こえてくるのは
『4』くらいですね……」 「……『7』
などという恐ろしい数字が。ドクターに「あなた、かなり軽い部類ですからね」と言われてはいましたが……
やはり、手術した部位が多いほど、傷が大きいほど痛くなるようです。「7」って言ってた人は、いぼ痔を4箇所もやったのだとか……

いぼ痔の手術後は大量出血の可能性があるようですが、痔瘻の場合はそこまでではないようです。まあ、いぼ痔は血管の問題ですもんね。
こういう痛みや出血のケアを考えると、僕は入院しての手術で良かったと思います。
日帰り手術というのも痔や手術の種類によってありますが、翌日から動けるわけじゃなし。
痛みや出血の不安に家で向き合うのも大変だと思います。実際大量に出血したら、病院に行かなきゃならないわけですから。


トイレのあと、入浴のあと、傷の処置は自分でやります。

強力ポステリザン」という、何やらいかにも頼もしげなこちらの軟膏薬。「強力」ですよ。痔の薬としては実はマイルドな方なのだそうですが。
大腸菌死菌浮遊液配合」というのがミソでして、死んだ大腸菌のかけらが入ってる。傷口に塗ると白血球がこれに反応して寄ってきて、色んな汚いものからの感染を防ぎ、傷の治りを早くするのだそうです。

最初、看護師さんからの説明では
「薬をパッドに100円玉くらいの大きさに塗って、ペタッと優しく貼って下さいね」
とのことだったので、そのようにして診察に行ったところ……

これ、ダメ。傷に軟膏が当たらなきゃ意味ないでしょ?」
「トイレのあとは傷を指で広げてウォシュレットでよく洗って。軟膏は傷口に指で直で擦り込んで
という強い指導をドクターから受ける。考えてみればこちらのほうが理にかなっているので、トイレの度にお尻に薬を塗る生活のスタートです。2日もやれば慣れます。


退院後はパッド・軟膏・ウォシュレットが無いとき用のおしり拭き・パッドを捨てる用のチャック付き袋をセットにして百均のポーチで持ち歩いておりました。

ちなみにこの生理用ナプキンのようなパッド、「Zパッド」といいます。*3出血以外にも色々な浸出液が出ますので、それを吸収して服を汚さないでいてくれる。術後3週間くらいは浸出液が出ましたね。
どうもこの病院のオリジナルらしく、暇なので調べていたら近所の医療器具製造の工場が出てくる。そしてその工場の会社が、この病院から一番近い薬局をやっている……
……アナルホスピタルどころではないですよ、これは。
アナルインダストリーにアナルファーマーシーまで備える、一大アナルコンツェルンだったわけですよ。

**

色々書けてしまったので、入院中の生活についてはまた改めて。
寝て起きて風呂入って飯食って寝る、ローマ貴族のような生活でした。……尻は切られているが。

*1:こないだ久しぶりに京都に行って天一を食いましたけど、やっぱり今東京で食べられる天一はダメだと痛感しました

*2:前方の肛門括約筋を切ると、肛門の機能に支障が出ることもあるのだとか

*3:「ズィー(痔)パッド」ってこと!?、と思ったら病院関係者は全員「ゼットパッド」と呼んでいました

痔瘻の手術をいたしました(2) 手術と痛み編

前回の記事はこちら
mikoyann.hatenablog.com


さてさて。恐るべき肛門周囲膿瘍になり、切開をしたのが前回のお話。僕の傷口には、ドレーンという管が残置されておりました
人体のバグとしか言えないある肛門陰窩に便が入り、再び膿んだり出血したりしたとしても、このドレーンがすんなり排出してくれる。再びお尻腫れ太郎になることを防いでくれるのです。

前回にも述べましたが、肛門周囲膿瘍は膿が出ると腫れが一気に引きます。本当に今までの苦しみが嘘のように軽くなった気分で過ごした一週間弱。
ついにドレーンを抜くための通院です。*1

痔瘻ですよ」

「先生、これって……」という僕の問いに、いたって簡潔に答えたドクターの言葉がこれ。

痔瘻ですよ。触ればわかります
いやもう、痺れましたね。
一日に何十人もの肛門を見て、そして指を突っ込んできた、肛門外科医のプライドを感じました。本当にすごいお仕事ですよ。

「まあ触ってわかる、っていうことはわりと浅めの痔瘻ですね」
という言葉に救われたのも一瞬。
そう。痔瘻ということは、手術をしなければ完治しないわけです。
まあ、手術をすることに関しては前回述べた通り確固たる意思で決断していたので、トントン拍子に方向が決定。
患部の炎症がきちんと引いてからの手術のほうが絶対に良いとのことで、手術は約2ヶ月後。4月半ばに行うことになりました。

そうと決まれば入院まで、食べて飲んでを存分に楽しまなければ。なんせ手術後、1ヶ月は酒が飲めません*2

平日休みに昼からスーパー銭湯で白魚の唐揚げなんか頼んでみたり

春の味覚のそら豆を魚焼きグリルで焼いて、ビールを流し込んだり

天下に冠たる健康食品である天下一品こってりで健康祈願を行ったり。ところで我が青春の牙城とも言えた神楽坂の天一が閉店して以降、東京でちゃんと美味しい天一を食べれていません。

そうこうしている中で新しい仕事を任されて、色々なストレスから少し体調を悪くしたり。
僕はわりとストレスから下痢になったりする方なので、再びお尻が腫れるのが怖くて仕方ない。それがまたストレッサーになって、という堂々巡り。
……そのせいか、極めて珍しく便秘になる。ええい、厄介な身体だなッ。いやでもねえ、腸の具合とメンタルはリンクしますよ。

入院の日

初日は大腸の内視鏡と、肛門のエコーの検査です。
大腸カメラということは、下剤を飲んで大腸を空っぽにするわけですよ。ご経験のある方も多いでしょう。

1リットルの下剤を、1時間半~2時間かけて飲んでいく。
コップ1杯につき10分。半量の水も忘れずに。
ウィスキーとチェイサーをやっているようだなあ、なんて気分で乗り切ろうとするも、どうしてもこのモビプレップという下剤の風味が手強い。スポーツドリンクにケミカルな梅風味がついているような感じとでも言いましょうか。日常生活で味わうことは絶対にない味。
入院前の打ち合わせの際に「常温か、冷やしておくか、どちらにしますか?」と確認されたので、一も二もなく冷やしておいてもらいました。実は以前にも一度大腸内視鏡をやって、この下剤を飲んだことがあったのです。ぬるいケミカル梅風味を何リットルもやるのはなかなか辛いと思いますよ。

3、4杯目を飲んだあたりから、唐突な便意がやってくる。飲む、飲む、トイレ。飲む、トイレ。
次第に、もう飲んだぶんがそのまま出てくるようになる。こうなると、人間というのは口から肛門まで一本の管で繋がっているんだなあと否応なく強く感じさせられるわけです。
何回目かから流す前に看護師に確認をしてもらい、色が透明になるまで下剤を飲み続ける。
僕は幸い規定量のみで済みましたが、隣の個室からは「下剤もうない?じゃあおかわりですね」などという恐ろしい宣告も漏れ聞こえてきておりました。

この病院の大腸カメラは、鎮静剤を使用するタイプ。
「薬入りますよー」と注射された瞬間、「ズアッ」という感覚で脳に薬が入ってきたのがわかる。うわあ、そういう感じね。
以前の大腸カメラも鎮静剤使用だったのですが、そのときも今回も、検査中に何かベラベラ喋っていたという記憶はあるのです。
でも喋っていた内容を全くといっていいほど覚えていない。自白剤ってこういうやつなんだろうなあ。僕はスパイにはなれそうにありません。
肛門エコーもやった記憶がありますが本当におぼろげ。ミダゾラムってすごいなあ。

検査から帰ると、翌日の手術までもう予定はなし。
「夕食を食べることもできますが、その場合は明日の手術前に浣腸をします」と看護師に言われて、夕食を断ってしまったのです。
せっかくなら本物の浣腸を体験してもよかったのですが、何となく胃腸を本当にカラッポにしてみたかったのですね。慣れない便秘をしてもいたので、腸がリセットされるかもという期待もありました。

結果、空腹に悶えながら寝ることに。

手術の日ですよ

翌朝。絶食。
この日は終日絶食です。前日も絶食でした。晩飯食っておけよ、って話ですよまったく。

看護師が手術の順番を伝えてきます。僕は午後の6番目。夕方の手術となりました。

ただ、術後の痛みは怖い。特に排便時の痛みがどうなるか。
痔瘻の手術では、創部を開放した状態にすることがほとんどのようです。めげない。しょげない。傷縫わない。
……ということは。毎度毎度のウンチが通りすぎていく際*3に、かっ開いた傷口にウンチが擦り付けられていくことになるわけじゃないですか。

ダメでしょ。絶対。

痔瘻根治術の偉大なる先達であるたいぼくちゃんからは「排便が苦痛になるよ!」という励ましのLINEメッセージが届いております。

いやいやいやいや、どうなんの俺のお尻は。
これから切り刻まれて、傷口にウンコを擦り付けられる恐怖の日々がスタートするってわけですか。
え、やだぁ……怖ぁ……

なんてことを考えていると、ついに手術の順番が。もう逃げられないぞ。時間は16時くらいだったでしょうか。
特に麻酔をかけられている訳でもないので、自分の足で歩いて手術室へ。アッパッパみたいな手術着を着せられて、ガラガラと点滴スタンドを連れて行く姿は、もうモロ入院患者そのもの。まあ、入院患者そのものですからね。

痔瘻根治手術でごさいます

よほどのことがない限り、痔の手術は腰椎麻酔で行われると思います。下半身だけに効く麻酔ですね。ということは手術中、意識があるんですよ。

麻酔のときは手術台に横向きに寝て、思いっきり背中を丸めて脚を抱え込みます。
「スーッとしますよ~」と消毒され、「チク~~~ッとしますよ~~~」で針。どうも最初に皮下麻酔で感覚を鈍らせてから、本番の麻酔をしているようです。
腰椎麻酔ってのは「脊髄くも膜下麻酔」といいまして、脊髄に麻酔を注入するんですよ。
わりと長い針をね、刺すんですよ。プッスリと。背骨と背骨の間に。

怖いでしょ。*4

僕はといえば前回の切開の際に経験済みなので、恐怖感もほとんどなし。いやまあ、正直に言って最初は怖かったですよ……

手術自体はうつ伏せになり、お尻を突き出して「く」の字の形になって行われます。「ジャックナイフ位」というそうです。
ビッ!ベッ!と、お尻をガムテープで広げて固定される音が。このあたりまでは「ここを触られてるな~」という感覚があるのですが、すぐに麻酔が効いてくる。腰椎麻酔ってすごいのよ。

しかしまあ、意識がある中で自分の体にメスを入れられているというのは中々不思議な感覚です。
しかも、場所が場所ですからね。今思うと、「恥ずかしい」という感覚は全くと言っていいくらい無かった気がします。まあ、こうやってブログ書いて皆様にお見せしているくらいですからね。

手術中はメガネを外されてしまったので、音ばかり印象にあります。
オルゴール調のBGM、バイタルサインモニターの電子音、鉗子やら何やらが触れ合う「カランッ」という音、「ヂョキヂョキ」とハサミで何やら切っている音、電気メスのジュッ、ジュッという音……
手術中の様子をカメラで見せてくれる病院もあるようですが、どうなんだろう……見たいか、と言われれば僕は見たい方ではあります。*5

「はい、お疲れ様でした」

ということで、痔瘻根治手術が無事終了。詳しい説明は翌日、ということになりました。
麻酔のおかげで下半身が完全に動きませんから、病室まではストレッチャーで移動。おお、見上げた天井が目まぐるしく移り変わっていく。

ストレッチャーがベッドに横付けされ、上半身の力だけでズリズリと移動。このあと3時間は完全安静。寝返りだめ、水分の摂取もだめ。
とはいえ麻酔が効いていますから術部の痛みもなく。スマホでもいじっていればあっという間の3時間でございます。

3時間が過ぎると、寝返りOK、水分OK。でも術後6時間はベッドから動けません。
腰椎麻酔で脊髄に穴を開けていますから、頭を上げたりすると髄液が漏れて頭痛を引き起こすことがあるそうなのですね。
「手術セット」なるものを手術前に病院売店で買わされるのですが、そこには術後に使う丁字帯やら何やらと一緒にストローが入ってる。要はベッドで寝ながら飲めるように、ということなんですね。用意がいいなあ。


「6時間でベッド安静終わるんだけど……消灯時間過ぎちゃうから、翌朝までベッド安静ね」という無慈悲な宣告を看護師から頂戴し、翌朝までの孤独な戦いが始まります。

考えてみたら人生初の手術。そこまで仕事でいろいろ気を張っていたのが緩んだのもあってウトウトしかけていたら……
ハイ、来た。来ました。お待ちかねの……

痛み

腰椎麻酔が切れかかったあたりから、お尻のあたりに感じているものがあるわけです。
「なんか……熱い……?
実際に熱いということはないですから、多分これが術部の痛み。ヒリヒリしている、といえばいいでしょうか。まだ脳がバグっているんですね。

点滴で痛み止め*6を入れてはいるのですが、次第に奥底から痛みがやってくる。
ズン……ズン……
  ドン……ドン……

心臓の脈動、血流と一緒に傷口が騒いでいる感じ。
たいぼくちゃんが「お尻が工事中のビルみたいになっちゃった」って言ってたのはこれか~~~~~~
taiboku.booth.pm
痔瘻根治手術レポ漫画、買おう!!!!

腰椎麻酔が切れてくると、尿意がやってきます。しかしベッドから動けない、ということは……
尿瓶初体験
あの形、すごく考えられているんですね……ちなみに尿瓶にできないと尿道カテーテルですよ、と脅されました。

ところでこの、夜中に尿意で起きたときが今思うと一番痛かったと思います。
ズワァン!!!ジョワァァァン!!!ジャンジャンジャンジャァァァン!!!
と、銅鑼だかシンバルだかをお尻で打ち鳴らされている感じ。お尻が中華街になっちゃったぁ……
youtu.be
脳内でぐるぐると流れ出す京劇。包拯が訴状を読むわ読むわ。

「耐えられなかったら、頓服の痛み止め出しますからね~」と言われていました。
いや~~~~~
どうしようかな~
頼もうかな~~~
と、思っていたら痛み止めの点滴が交換。それでなんとかなりました。

ということで痛いことは確かに痛かったのですが、ただまあ「こんなもんか」という思いが強かったですよ。
事前に想像していたよりも遥かに弱い痛み。だって寝れましたから。

次回からは入院生活編。
寝て起きて、風呂に入って、飯を食って、寝る日々が繰り返されます。
mikoyann.hatenablog.com

……と思っていたのですが、術後のケアの話に終始。入院生活のあれこれは持ち越しです(6/7追記)

*1:自然に抜けちゃう人もままいるそうです

*2:ちなみにこれを書いている時点でまだ飲めていません。キイイ

*3:いけいけうんこちゃん

*4:痛くないので安心してください

*5:普段Youtubeで皮膚科の手術動画とか見てる。粉瘤の摘出とか

*6:確かロピオン静注

痔瘻の手術をいたしました(1)肛門周囲膿瘍の切開編

新しいトンネルが完成して、バイパスが開通する。
そうなったら、あなたはどうだろう。嬉しいだろうか。まあ、基本的には嬉しいだろう。
バイパスのおかげで、隣の市に行きやすくなる。隣町には丸亀製麺もはま寿司も、近所になかったローソンだってある。バイパス沿いに新しいおっきなホームセンターもできた。うちの町の病院とは違って、隣町の大病院の整形外科には月に2回、順天堂だか帝京だかから先生が来てるらしいし。そしてあなたはダイハツ・タントだかスズキ・ソリオだかトヨタ・パッソだかセンパイのお下がりのヤマハ・シグナスだとかを走らせるのだ。

僕はといえば、嬉しくなかった。全く嬉しくなかった。
だってトンネルが完成してバイパスが開通したのが、お尻……肛門のすぐ隣だったから。
言うなれば、お尻の穴が二つある状態。ツインアヌス、いや複数形だからツインアヌセスだろうか。
そんなことに悩むまでもなく、現代医学はこの状態にちゃんと名前をつけている。
痔瘻、と。

お尻腫れ太郎

むかしむかし。我々が、お母ちゃまのお腹の中にいた時代。胎児のころ、肛門ができるときのお話。
お尻の皮膚が陥没し、直腸の粘膜とドッキングしたところが肛門である。そのドッキングの部分はギザギザしていて歯状線というのだが、そこに罠がある。小さな小さな、でも中々の罠だ。
肛門陰窩という、上向きのポケットがそこにある。
……なんで?何をしまうの?ウンチが入るんじゃない……?
まあ、そう。入る。……たまに。
下痢をしたりすると、液状のウンチが勢いよく放出される。その際、そのポケットに入ってしまうことがあるらしい。でも、肛門というのは常にウンチが通るところだから汚れには強い。……普通は。
普通じゃなかったら?……例えば、免疫力が落ちていたら?
その時は、大腸由来の細菌がポケットの中で増える。
それを何とかしようとして、体内の白血球が果敢に戦い、死屍累々となる。
つまり、腫れて、膿む。
この状態を「肛門周囲膿瘍」という。

……は?
人体のバグでは????

ちなみにこの状態になると、当然のことながら痛い
ズキズキジワンジワンと重い痛みを、肛門のすぐ脇に抱えて暮らすことになる。何をしたら痛いとかいうのは特になく、常に痛い。人によっては高熱が出る人もいるらしい。幸いのところ、僕はそこまでに至ったことはない。
この持病と、僕はそれなりに付き合っている。
2年に1度くらい、お尻が腫れるのだ。ジワンジワン、ズキンズキンと重だるい痛みを覚えると、実家の近所の病院へ。総合病院ではあるが、院長がやってる肛門外科がある病院だ。
ただ、今思うと少し不思議なのだが、その病院では毎回抗生物質と鎮痛消炎剤を処方されて終わる。ちなみに、肛門周囲膿瘍に対して飲み薬はまるで効かない。僕については、効いていた感じは一切ない。
だいたい4、5日すると皮膚が破れて、膿がドバッと出てくる。そうすると、本当に嘘のように痛みがなくなる。「"うみ"の苦しみ」とはこういうことだったのか。

という状態に、なった。2月の頭くらいに、肛門近くに違和感を感じるようになっていた。
「あ、またか……」という諦めと、同時に一種の絶望がやってくる。
痔瘻や肛門周囲膿瘍の経験がある方にならわかってもらえると思うのだが、あの痛みは辛い。全てのことが嫌になって、逃げ出したくなる。鬱を連れてくる痛みなのだ。

いずれやってくるであろう痛みから顔を反らし、腫れないように祈る。

が、現実というものは無情である

2月の半ば。本格的に腫れる。ああ、やっぱり。
わかっていたことがついに来た。しょうがない。病院だ。

そしてこの時、その先のことについても覚悟をしていたのだった。
肛門周囲膿瘍が爆発し、膿のバイパスが開通した状態。本来のお尻の穴の横に、もう一本のトンネルができた状態。
そう、これが痔瘻
痔瘻は手術でしか完治しない。漢方薬だの湯治だの、そんなものでは治らない。開通した膿のトンネルを外科的に何とかするしかないのだ。

ただ、手術って、やっぱりなんとなく怖いじゃないですか。そう思ってウダウダして、たまにお尻が腫れる日々を過ごしていたのだった。

ただ、今回は違った。もう嫌なのだった。
腫れの原因を取っ払って、何度も俺を悩ませてくれていた、明確なストレッサーであるこの膿のトンネルから逃れるのだ。

色々調べていると、怖いことが沢山出てくる。
痔瘻は放っておくと、膿のトンネルが枝分かれして出口が複数個できることもある。それに、長い期間放置された痔瘻には癌化の可能性もあるらしい。
……癌かぁ。癌はやだなぁ。

うおお、じゃあもう手術だ。今しなければならない。今やろうすぐやろう。……と、半ばやけくその覚悟が固まってしまった。

そういえば、年始に浅草寺で引いたおみくじは「病気:治るでしょう」と書いてあった*1。これはそういうことか。やはり今、痔瘻を取っ払わなければ。
何より、友人が少し前に痔瘻の手術をした。これが大きい。身近な人間が経験した苦痛なら、なんとなく親近感もわくというものだ。

taiboku.booth.pm

ちなみに、その友人である漫画家のたいぼくちゃんが描いた体験を基にした漫画がこちら。ぜひぜひ読んでください。お尻が腫れてるときのドンヨリした気持ちの澱みの表現、本当にこの通りなんだよ。

そうと決まれば、毎度行ってる実家の近所の病院が薄ボンヤリ信頼できない。あの古い病院で手術をするのは、正直なところ怖い。
それに入院手術となると、だいたい一週間の入院が標準的なようだ。となると、設備がしっかりした病院の方が何かといいだろう。
ということで、近場で痔の手術を得意としてそうな病院を調べる。特に痔瘻の手術経験が多そうなところがいい。そしてなるべく、綺麗そうなところを。

今住んでいるところの近くには、痔の手術に定評のある病院が二つあった。ツインアナルホスピタルズ。
一つは、駅や電車の広告でもよく見かけるA外科肛門医院。ここはもう、痔の専門病院だ。絶対安心、アナルの専門。

もうひとつが、B病院。こちらは総合病院だが、肛門外科がメイン。ウェブサイトの情報が多くて、費用についてもハッキリ載せている。
直線距離なら圧倒的にA病院の方が近いのだが、30分歩くことになる。僕の家も病院の方も、どちらも駅から程よく離れた結果、歩いて30分が最短なのだ。
今後なにかと通院するであろうことを思うと、A病院だと少し億劫だ。B病院だと電車で数駅。とはいえ、ドアtoドアでの時間は30分。で、B病院にしました。
他にも決め手はありまして、ウェブサイトの作りが丁寧だし、病院も新しくてきれいそう。費用についてオープンなのも好印象だし、入院費用の決済はクレジットカード使用可。
すんなりとWebで初診の予約が取れましたしね。気にする人は、アナルホスピタルに電話したりするのも躊躇うでしょう。
入院したら設備についての細々とした不満はありましたが、結果的にはこのチョイスで問題はなかったと思っています。

とにもかくにもお尻が痛いんです

診察は月曜日の午前中。
ホテルのラウンジのようなB病院の待合室で、ソファーに座っているだけでお尻が痛い。診察の順番が来るまで、モゾモゾしながら過ごしました。

僕のお尻を見て、先生の判断は極めて的確。その後、僕のお尻についての主治医になるわけなのですが、ハッキリと色々言ってくれる人なので信頼はできています。

「うん、腫れてるね。じゃあ、切開で膿を出しましょう」
はい来た。この時点でいつもの病院とは違うわけです。もう様子見とかいう段階ではないのだ。

「ただ、腫れてるところが大きい。何度も腫れてるみたいだから、膿の部屋が複数できてるかもしれない」
なんですか。どうなるんですか。

「ここまで腫れてると、局所麻酔だと痛いと思う。なので腰椎麻酔で行います」
おお、はい。

「腰椎麻酔の後は6時間動けないので、今日は入院です」
……はい?はいいいい!?!?


ということで、突然の1泊入院。バッグに色んなものが入っていて助かりました。なんせ印鑑まで入ってたんですから。
この日は朝食を摂っておらず、丸1日以上の絶食を強いられる羽目に。
そのあと本格的な痔瘻の手術のためにここに入院するわけですが、はからずも予行演習と相成りました。


退院後、日暮里おにやんま*2に駆け込んでうどんを手繰る。
あごだし汁の旨味。のど越し素晴らしきうどん。
東京で暮らす人に伝えたいのですが、おにやんまのうどんが食える場所で生活しているか否かで、暮らしの質が大きく変わります。めちゃくちゃ美味いごちそうとしてではなく、普通に美味いうどんが普通の値段で食べれるんですよ。ありがとう、おにやんま。
tabelog.com


切開して膿を出した僕のお尻ですが、ドレーンという膿を出す管が残されました。
そう。ついにトンネル開通。めでたくない。人工的に痔瘻の状態になったわけです。
次の診察でそれを抜き、ついに本番である手術……痔瘻根治手術へと進んでいくことになります。

次回は入院・手術について。切り裂かれるお尻。僕は術後の痛みに耐えることはできるのか……?刮目して待て。
mikoyann.hatenablog.com

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*1:「なんかもう全部オッケー」みたいなすごいおみくじ。ちなみに浅草寺の正月のおみくじは凶が多いと評判

*2:五反田を本店とし、都内各所に店舗を構えるさぬきうどんのお店。調べたらわりと増えてた

夏の終わりにナスと豚肉のつけ汁うどんを食らう

9月に入り、台風も過ぎ去り、東京の空はもうすっかり秋の顔をしている。
こういう空の下にいると、学生の頃は「ああ、今年の夏休みも何もできなかったな」などと決まって思う。
2ヶ月もの間、俺はいったい何をやっていたんだ?やらなければならないことも、やりたいことも、色々あったはずじゃないか?
そういう自己嫌悪を抱えた一人の若者に構うこともなく、季節は着々と進むわけで、僕は10月あたりの低気圧の下でさらに鬱々とする。
だから、秋という季節がずっと好きではなかった。

ところが今、8月がはちゃめちゃに忙しい。朝から晩まで週6で働いたりしている。間違いなく、1年の中でも仕事の量としては一番の繁忙期なのだ。
とりあえずは為すことを成した気分を感じながら迎える9月というのは新鮮で、28度くらいの気温のくせに、猛暑日に慣らされた身には過ごしやすいとさえ感じてしまう。
いつになく穏やかな秋を迎えるのかと思っていたが、夏の間にやりたかったことをやっていないのを思い出す。

ナスと豚肉で温かいつけ汁を作り、うどんをズバズバ食らう。
簡単なことだ。実に簡単だ。ちょうど冷蔵庫に、しなびかかったナスが2本ある。よしやろう、すぐやろう。こいつは夏のうちに何が何でもやっておかなければならないことなのだ。

作る

フライパンに油を熱する。別にサラダ油でも構わないのだが、せっかくなのでごま油など使う。
白ネギがあるのなら、3cmくらいに切って入れる。ネギの香りを油に移すような気でいるのだけれど、ごま油だと特に意味はない気はする。
ネギに焼色がついたら、豚こまをほぐして入れる。ちゃんとバラやロースの薄切りでも当然良い訳だけれども、そんな大層なものではないので安い豚こまで構わない。いや、豚こまがいい。絶対豚こま。
豚肉が白くなれば、1cm厚くらいの半月切りにしたナスをぶち込む。ナスは1人前で最低1本、小ぶりなら2本や3本入れたっていい。ナスはスポンジなので、豚からでた旨味旨味脂を全部ナスに吸わせるつもりで炒める。しかし「脂」っていう字、肉月に旨いって書くんだもんなぁ……
全てを炒めたら、フライパンにめんつゆと水を投入して煮る。顆粒だしと醤油酒みりんでもいいし、丁寧にお出汁を引いてもよろしいわ。でも僕はやっぱり、創味のつゆやね。

こうやってつけ汁を作っているうちに、デキる奴は同時進行でうどんを茹でるお湯を沸かしているのだが、まあ別に今からでも遅くはない。つけ汁なんて食べる前にまた温め直せばいいのだ。
うどんは別になんでもいいのだが、汁との絡み具合を考えると細めのうどんがベターな気がする。個人的には、乾麺のうどんを第1選択肢としたいところだが、もう本当になんでもいい。そうめんでも冷や麦でもいい。冷凍うどんをレンチンでもいい。
いずれにしても、茹で上がったうどんはキッチリ冷水で〆る。これさえすれば、どんなうどんだってうまーく食えるのがナスと豚肉のつけ汁なのだ。

食べる


家にたまたまあったので、福島・郡山の清鶴麺という乾麺うどんを使った。
shintsurumen.com
言ってしまうと極太のそうめんのようなうどんで、脂っ気のある温かいつけ汁との相性もいい。
「啜る」とか「食べる」とかいう感じではなく、うどんを「食らう」という感じになれるのが、このナスと豚肉のつけ汁うどんだ。
これを食らい、僕はようやく夏のやり残しから開放された。
あとは古いラジオから流れる「In The Good Old Summertime」を聞きながら、芝生の庭の木陰に置いたデッキチェアでキリッとドライなジンリッキーが飲めればもう言うことはない。
youtu.be


……などと言いながら、もう一度作った。だって美味いので。
今度は長ネギもなし、うどんもチルドの茹でうどんをレンチンして〆ただけだ。一味を振ってズバズバ喰らえば、やっぱり夏の終わりの味がするのだ。

おふくろの味でも何でもない、煮干しの味噌汁の味

一昨年の秋、母と旅行に行った。


母は、まあ僕の母であることから想像はつくかもしれないが、この人も中々に"人の暮らし"が好きな人だ。
以前、小金井の江戸東京たてもの園に行って古民家など見て回ったのがお気に召したらしく、
「今度は明治村に行きたい。あんた、一回行ったんだからアテンドして」
と前々から言われていたのをついに実行した、というわけだった。
広い上に高低差のある地形の明治村を丸2日に渡って隅々まで見て回り、歴史的だったり地理的だったりのバックボーンを求められたら解説し、求められなくても適当に喋る健気なガイドとして2泊3日を過ごした。
まあ旅費は母持ちだったから、これくらいの仕事はさせてもらわないといけないだろう。

2日めの夜、名古屋駅前の居酒屋で二人で夕飯兼晩酌をした。
そういえば親父と二人で飲み屋というのは数えきれないほど経験があるが、母とというのは初めてだったかもしれない。

僕の「麻婆豆腐を自発的に食べようという気に全くならない」という発言からだったか、「家族の好き嫌いって意外と知らないよね」というような話になった。

ちなみに僕は麻婆豆腐というか、豆腐という食べ物が別に好きではないというか、食べようという気持ちになることがあまりないことに最近気づいた。
豆腐がめちゃくちゃ嫌いなわけではなく、出されれば特に不満ということもなく食べるし、美味い豆腐は美味いと思うし、豆腐が欠かせない料理を食べたくなることはある。
それでもやっぱり豆腐に対する思いは特に無く、スンドゥブチゲや湯豆腐や冷奴が豆腐でなくても美味しいのであれば、僕はその"豆腐ではないもの"におろししょうがと削り節と醤油をかけて食べることに何の躊躇も見せないと思う。

「忘れられないのがさぁ、ばあさんのナスだよね」
と母が呆れたように笑いながら言うので、思い出したのが祖母が亡くなる前の話。
僕の母方の祖母、つまり母の母はもう10年以上前に亡くなった。80歳を目前にして白血病を発症し、半年くらいであっという間に逝ってしまった。
戦後第一世代の教育を受けた、ハキハキとして面倒見のよい、子供ながらに見ていて実にシャンとした人だった。
抗がん剤の副作用などで食欲が落ちに落ちている祖母のため、母は色々と病室に差し入れをしていた。
ある日、茄子を油味噌で甘く煮たのを持っていき、祖母に食べさせていたら
「……あたし、ナス嫌いなのよね」
と、ぼそりと言われたのだそうだ。

「もう衝撃!50年以上この人の娘やっててさ、ナスが嫌いなんて丸で知らなかったもん。だって普通に食卓に出てたのよ!?」
だから、この機会にお互いの知らない食べ物の好き嫌いについて共有しておこう、というわけだったのだ。

「死ぬ間際に嫌いなもの食べさせられないように今のうち言っとくわ。あたし酢豚嫌いだから!」


病人への差し入れに酢豚ってチョイスはしないよなぁ、というのを、翌朝の味噌汁のために煮干しの頭をむしって食べながら思い出した。
実家では母が好まなかったので、煮干し出汁の料理というのはほとんど出なかった。
実家を出て、僕が僕のために味噌汁を作るようになって、ふと煮干しで出汁を取ってみたら僕の好みに実に合うではないか。
"おふくろの味"とはよく言ったものだが、家庭の味はやっぱり台所を仕切る人に左右される。
母が食べたがらなかったせいで、僕がまだ知らないけれども実は僕が好みな味、というものがまだまだ世の中にはあるのだろう。

母は、全然元気である。

21円ぶんの切手を夜中に貼っている

mikoyann.hatenablog.com


この記事で一緒に禁煙をしていた友人と、「どこかに行ったときは、その土地から絵葉書を送り合う」というのを、もう何年もやっている。
僕はといえばズボラな方なので忘れたり覚えていても省略することもあるのだが、向こうは律儀に送ってくる。
筆まめ、というやつなのかもしれないが、まあお互い特段何か伝える内容があるわけではない。
「絵葉書を送る」というのが目的なので、それでいいのだ。大体、しょっちゅう合ってるし。


そいつがこの間北海道に行った際、行きなんだか帰りなんだか青森に寄ったらしい。
青森県立美術館にある奈良美智の「あおもり犬」のポストカードを送ってきた。
「予想以上に可愛くて悔しかったので」送ったとのことだった。このように、特に意味はないけれど送り合っているのだ。

正方形なのも中々に可愛いポストカードなのだが、何やらもう1枚葉書がついている。

……はい。料金が足りない、と。
正方形をしているせいで定形「外」郵便物の扱いになり、葉書のつもりで貼った切手では足りなかったらしい。なんとまあ。


「このまま受けとりたい場合は、この葉書に不足分の切手を貼って出せ」というのが郵便局からのご提案だ。
「受けとりたく無い場合は支払わなくていいけど、未開封に限るよ」とも書いてあるが、葉書なので開封も何もない。
初めての経験で面白そうなので、払ってみることにした。

幸いにしてすぐ郵便局に行く用事があったので、21円分の切手を買ってこれた。
窓口のお姉さんからは「こんな金額の切手で何をするんだこいつは」というような眼で見られたが、こちらは生憎と郵便局の提案に従っているだけである。
恭しく20円切手と1円切手を捧げ持って帰ってきて葉書に貼った。あとは明日の朝、忘れずに投函するだけだ。


……よく読めば、「この葉書を持って郵便局で払うこともできる」とも書いてあった。
なにやら盛大に胡乱な手間をかけている気がする。
でもまあ、元よりこういう手間のかかる遊びではあるのだ。
次こそは、どこかに行ったらあいつに葉書を返してやろうという気でいる。

冒険してみる週休2日

最近、なんと週に2日も休めている。
去年は7月の終わりから基本的に週休1日だったので、休みが週に2日もあるとずいぶん楽だ。
しかも休みが2日続いているものだから、1日めいっぱい遊んでも翌日寝ていられる。アラサーには堪えられない喜びだ。
世間様の土日休みとは1日ずれて日曜月曜の休みではあるけれど、日曜に友人とワイワイ遊ぶような、活動的で社交性に満ち溢れた素敵な休日というやつを過ごさせてもらっている。いや本当、いつぶりだろう。

日曜深夜の都心を自転車で駆け抜ける週末の冒険


突発的に僕が大量に飯を作り、人にふるまう日曜日がたまにある。だいたい、競馬のG1レースの日だったりはする。
飯を食い、酒を飲み、馬鹿話で笑い、まあだいたい歌いだす。
この間、どういうわけだかひどく酔っ払ったやつが出た。両脇から抱えないと真っ直ぐ歩けないような有り様で、もう仕方ないからタクシーに乗せて帰そう、という話になった。で、なぜか隣に僕も乗ることにした。
一人で帰すのが少し不安ではあったし、僕はどうせ翌日の月曜も休みで予定もないものだから、まあ今日中に帰れなくともどうとでもなるのだ。

「笹塚の方なんですよぉ!あのぉ~」
ベロベロに酔っているくせに、妙にしっかりと運転手に自宅近くのランドマークを伝えられるあたり、こいつはタクシーに乗り慣れているのかもしれない。中々に油断ならない。

酔っぱらいにも色々いるが、喋るタイプの酔っぱらいというのは大概決まって同じ話を何度も繰り返す。

「あのねぇ!誰にも言ってない話なんだけどさぁ!なんで俺が一人暮らし始めたかってっとね……」

正直に感想を言えばしょうもない話ではあったのだが、僕はこれをこの後7回くらい聞かされる。

「それでぇ!なんでね、これを誰にも言わなかったかって言うとね……」
はいはい。同級生でお前の同僚のKが彼女になぜフラれたか、って話を親経由で聞いたんだもね。

「Kってさぁ、そんなに変なやつでもなかったじゃん?それがさぁ!『あなたには常識がない』って……」
かわいそうというか、正直言うと少し面白い話ではある。我が母校の常識は世間の非常識、という言葉が証明されている。

「だからぁ!親同士のネットワークってこの歳でも恐いなぁ……って」

この話は車中で5回、部屋について3回繰り返されるのだが、そんなことには構わずにタクシーは夜の東京都心を進んでいく。
本郷から小石川に抜け、牛込を通って新宿へ。僕は免許を持っていないから、夜に車に乗ることそのものが楽しい。

ところで僕には山手線の向こう側の土地勘というものがとんと無いものだから、新宿の西口を過ぎて、笹塚なんて新宿のすぐ隣なのかと思っていたら中々つかない。
ようやくそいつの部屋に着けば午前様。すぐ帰れば終電に乗れたものを、ぐるぐる巡る終わらない酔っ払いの話に付き合い続けてしまった。
部屋を出たのは午前1時過ぎ。当然終電なんてものはない。

さあ。
どうしよう?

前の通りにタクシーは走っているが、ベロベロの酔っぱらいが押し付けてきた一万円札を
「俺はお前と友達だから、これは受け取らないよ?」
などとカッコつけて押し返してきているので、タクシーで帰るのも少し癪だ。だいいち、懐だって寂しい。
しかし、一万円札を握らせてくるなんて、やはり前後不覚時の対応に妙な慣れを感じる。なんとも油断ならない男だ。

新宿までいけば、終電まで過ごせるところはあるか、と思って消極的に深夜の冒険を始めたところ……

シェアサイクルを見つけた。こいつで日曜深夜の東京都心を横断してやった。
杉並区から台東区まで13kmを、結果的に1時間半で帰った。料金にしてなんと500円足らず。

いや全く、こんな大学生みたいなことをするとは思わなかった。
でもなんだか、いやいや結構なかなか楽しい深夜の冒険だった。筋肉痛にはなったけど。

優秀な売り子として春菊天の美味さを知る週末の冒険

先週の日曜日はコミティアに参加してきた。創作オンリーの同人誌即売会だ。
前に行ったときは青海の会場でやっていた気がするから、本当に数年ぶり。コミティアは年4回もやっているから、2,3年行かないとずいぶん行っていないような気がしてしまう。
昼くらいから一般参加してフォロワーの皆様にご挨拶でも差し上げようかな、などとボンヤリ考えて前日から仕込んでいた染みウマフレンチトーストで優雅に朝食としていたら、友人が「売り子がいない!!!」と悲鳴を上げているではないか。

そんなわけで、友人であるたいぼくちゃんのブースで売り子としてコミティアを過ごしてしまった。

このたいぼくちゃんというのが、年に数回の同人誌即売会での売上が文字どおりの生命線のような中々の人物であるから、その新刊既刊を求めるお客がひっきりなしにやって来る。
「はい、新刊ですね、600円。あ、既刊が、これとこれ、じゃあ合計1800円ですね。はい、2000円から……」
などとお客を次から次へとさばいていくと、古式ゆかしいキオスクのオバチャンの気分で中々楽しい。
そういえば子供の頃は、千代田線の北千住駅ホームに売店があって、そこがなぜだか素朴に羨ましかった。
狭いところで色々な物に囲まれている、というのは僕にとってある種の理想的空間なのだろう。
今の生活空間を眺めてみれば我ながら納得である。だって、モノが、多い。



帰ってきて慰労会。一人では絶対に揚げ物をしないので、人が来てくれると揚げ物をしたくなる。寒かったので、スンドゥブチゲも作る。
揚げたての春菊天というのを、そういえば初めて食べた。実家の天ぷらレパートリーにはなかったし、立ち食い蕎麦の春菊天なんてものは衣がネトッとしているのをソバツユに沈めてエイヤと食べるような代物だ。
それをこの僕が揚げてやれば、実にサクサクとして、香りが良くて本当に美味い。天ぷらという食い物の、一番純粋なところを食っているような気になる。


春菊、舞茸、ふきのとう。どれも香りがよく、ということは日本酒によく合う。
新潟長岡の「朝日山」を最近一升瓶で買うのだが、二人で飲んでいて半分は消えた。新潟の酒は水のようなものなので仕方ない。

そうやって手前味噌ならぬ「手前天ぷら」で自分の飯にうまいうまいとやっていたら、徹夜続きで原稿を仕上げてイベントを終え、日本酒も入って完全に脱力しきった"サークル主"が、すっかりトロンとした眼をして言うのだ。


「こんなに色々作れるのに、なんで結婚できないのかねぇ」


それは、本当に謎なのだ。


ちなみにたいぼくちゃんのコミティア新刊は絶賛電子版でも販売中である。
背の高い女が好きな方にはぜひ、そうでなくともおすすめしたい一冊なので是非によろしく。既刊もね。
taiboku.booth.pm