濹堤通信社綺談

江都の外れ、隅田川のほとりから。平易かつ簡明、写真入りにて時たま駄文を発行いたします。

ゲタ山タイヤで癒やされて

 趣味というのには、「外向きの趣味」と「内向きの趣味」というものがあると思っている。
「外向きの趣味」というのは、楽しむのに誰か相手が必要になってくる趣味。もしくは、誰かを意識しながら楽しむ趣味だ。当然、「内向きの趣味」というのはその逆で、一人で、ないし自己満足だけが目的に行われる。もっと簡単に言えば、前者というのは「ワイワイやりたい趣味」とか「友達を作りたい趣味」というところでしょうか。
例えば「野球が趣味なんだ」と言ったとしても、チームに参加してプレーをしたり、好きな球団の成績について飲みながらああだこうだ言い合いたいというのなら「外向きの趣味」だし、一人で黙々とバッティングセンターで白球を待ち構えたり、今季のDeNAの成績で悟りを開いたりするのであれば後者。楽しみ方は色々あるし人それぞれだよね、と言ってしまえばそれまでの話なんだけど。

 じゃあなぜこんなことを言い出したのかというと、僕は自分が好きなことに対して、それがどちらのスタンスで楽しみたいのかを明確にしておくのが悪いことじゃないと思っているからだ。同じ趣味だったとしても、時と場合によって「外向き」なのか「内向き」なのか変わってくることだってある。自分が好きなことを楽しむんなら、好きなようにやりたいじゃないですか。特に人間関係や他人のあれこれで悩んだり、イライラすることほど馬鹿くさいことはない。
 これを一番届けたいのは、春から大学に入ってサークルに入ろうとしているアナタだ。そう、そこの。去年は1年リモート授業だったから、2年目のアナタもそう。自分がその趣味で人間関係を作りたいのか、作りたいのであればどういうものなのかを一度明確にしてからお入りなさい。大学のサークルなんて「居場所」以上の意味はないんだから。

 ところで僕はゲームをするけれど、かなり内向きの趣味として楽しんでいる。話題の新作ゲームをやろうとあまり思わないし、だいいちSwitchやPS5といったゲームハードを所持してもいない。いわゆるシミュレーションといったタイプのPCゲームをひとり孤独にプレイしていることが多い。
僕は自由度が高いというか、目標設定が緩いゲームが好きだ。minecraftなんかはその好例だろう。橋を作ったり、道路を作ったり、強いこの腕とこの体でこの国を作っていくのだ。一人で。うつに陥った時なんかにやるとかなり効果がある。僕がゲームに求めているものは、端的に癒やしなのかもしれない。

 最近、一人で黙々とプレイしているゲームがある。『Spintires Mudrunner』という、ジャンルとしては「オフロードトラックシミュレーションゲーム」とでも言うべきもの。

このゲーム、目標として存在するのは「トラックを操作し、木材を運ぶ」こと。強いて言えば本当にそれだけだ。あまりにも単純極まると思われるかもしれないが、実際そのとおり。ただ、そこに至るまでの味付けがあまりにも濃いのだ。
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プレイ画面である。このゲームの真髄は、とにかく「悪路を進んでいく」というものだ。春先のシベリアあたりを思わせる、もうグチャグチャのドロンドロンにぬかるんだ道路。道路というよりも、泥濘そのもの。泥、泥、泥、水、水、たまに石。悪路などという言葉ではとうてい表すことは不可能だ。
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しかも、操作できる車両というのがこれまたいい。一部の車両を除いて、全てがソ連製のトラックやトラクターなのだ。渋いというか、実に僕好みで大変に嬉しい。ウラル自動車工場だの、クレメンチューク自動車工場だのといった、軟弱極まる資本主義的な消費者に媚びる必要の一切ないソ連の各自動車工場が持てる限りの叡智を結集して作り上げた、トラックの姿をしたソヴィエト社会主義と労働者の硬い団結の証を机上で手軽に操作して楽しむことができるわけだ。

 とまあ、「どこまでも続く泥濘をソ連製トラックで踏破する」というだけの、渋いというかスパルタンというか、万人受けしないことは間違いないゲームではあるのだが、これが妙に僕の心を癒やしてくれるのだ。
このゲームは基本的にBGMがない。聞こえてくるのは、風の音とか、木々が揺れる音とか、鳥のさえずりとか、川のせせらぎとか。そして、それらを打ち消すエンジン音。1分間に何リットルもの石油がシリンダーに送り込まれ、制御された爆発によって馬力とトルクに変換されていく、ドゥルンドゥルンとした重低音。ばかでかいマッドテレーンタイヤが大地を踏みしめ、むなしく泥濘を撹拌していく音。そういうものが、なんだか実に心地良いのだ。仕事から帰ってきて、寝る前に30分間プレイするというのがお気に入り。寝酒のウィスキーのようなゲームなのだ。飲酒運転したって何のお咎めもない。
 
 こうして夜更けにソ連製のトラックで泥濘を踏みしめていると、思い出すのは椎名誠の『武装島田倉庫』だ。オバケのようにでかいトラックで荒野を行く話があったのだ。椎名誠というのは世界中に行った人だから、SF作品に漂う世界の空気を描写するのが本当に上手いのだ。紀行ものも、エッセイも、青春ものも、はたまた私小説めいた作品もどれもいいのだけれど、それを上回るほどに椎名誠のSFというのは本当に「いい」。
どうもお外に出れなそうな気配がまだまだ続く2021年のGWだけれど、あなたもシベリアの泥濘でシーナSFの世界を感じてみたっていいじゃないか。